弊サイト「電脳世界」の著書・技術同人誌『同人ゲーム制作のはじめかた』の試し読み記事として、全78ページのうち14ページを無料で公開しています。
※本記事は書籍の内容をWebサイトでの公開用にフォーマットし直しているため枠や色合い、文章の改行部分など書籍とは少々異なる部分がございます。
はじめに
本著を手に取って頂きありがとうございます。『同人ゲーム制作のはじめかた』の著者、およびWeb サイト「電脳世界」ほか多数管理人のオーニシです。実は同人ゲーム制作もちょこちょこやっています。
最近縁があって同人ゲームを久しぶりに作ろうとしたら、どういう手順でなにからすればいいか迷ってしまい、過去に自分が作ったプロジェクトフォルダや、自分が書いた制作ブログを漁ることになったので、いっそ同人誌にしてまとめることにしました。
何度か同人ゲームを作っている私でさえそうなのだから、初めて同人ゲームを作る方は制作手順ややることのリスト、気を付けるべきことがわからなくて困っている人もいるのではないか。そんな人の役に立てればいいな、と思って筆を取っています。
「同人ゲームだから好きなものを好きなように作ればいいじゃん」と思われる方もいると思います。たしかにそうなのですが、本当にそう思っている方は既に制作を開始していて、この本を手に取る暇もなく夢中で作り続けていると思います(笑)。
実際私も初めて同人ゲームを作った時は計画なんてそっちのけで、とりあえず作り始めていました。そして計画もなくツールのチュートリアルも読まずにノリで進めていった結果、案の定わちゃわちゃになって、完成間際になってゲームの大部分を作り直したことをよく覚えています(苦笑)。
結局そのゲームは気合でローンチまでもっていったので私の件はマシな方でしょう。世の中には「完成」に至ることなく放置されてしまったゲームが数多くあるはずです。Googleで「同人ゲーム作り方」などで検索するとどの記事を見ても「完成まで持っていけるサークルは全体の1割」などと書かれています。
1割というのは確固たる根拠があるわけではありません。「本当に1割なのか、11%ではないのか、実は2割なんじゃないのか」と言われてもわからないのですが、「完成まで辿り着けずお蔵入りするゲームがものすごく多い」ことはまず間違いないでしょう。
同人ゲームは完成させることのハードルがすごく高いのです。そしてそのハードルはきちんと計画を立てて制作することで、今よりずっと多くの人が乗り越えられることを私は確信しています。
また、どうにか完成まで漕ぎつけて販売開始しても、ダウンロード数が5や10では、2作目を作るモチベーションを保つのは難しいでしょう。
「同人は好きなゲームを作るためにやっているんだ!お金じゃない!」という方もいらっしゃるでしょうし、その気持ちは痛いほどわかります。しかし現実問題、ペイする程度には売れないと熱量を保つのは難しいものです。
本書では「ゲームを完成までもっていくための制作計画」と「ある程度見れる売り上げにするための事業計画の立て方」の2つを軸に執筆していきたいと思っています。
具体的なゲームの制作方法(ツールの使い方など)には詳しくは触れませんので、その点はご留意頂けますと幸いです。
また、具体例を出す際は同人ゲーム制作初心者にとって手軽でおすすめなRPGツクールMV、MZをベースにすることがあります。制作の具体的なノウハウが主軸ではないので、昨今流行りの3DゲームエンジンUnityやUnreal Engine をお使いの方や、スマホゲームを作ろうとしている方も十分参考にして頂ける内容にしていますが、この点もご留意くださいますようお願い申し上げます。
想定する読者層
- 初めて同人ゲーム制作に挑戦してみたい方
- 同人ゲームを作りたいけど何から手を付けていいか分からず困っている方
- 無計画に同人ゲームを作ろうとして一度挫折してしまった方
本書のゴール
- 同人ゲームを計画的に作れるようになっている
- 同人ゲームを作る際、何からどういう順序でやっていけばいいかわかるようになっている
- 売れるゲームを考えるためのマーケティング調査(市場分析)の基本的なやり方がわかるようになっている
免責事項
本著はできるだけ正確を期すように努めましたが、筆者が内容を保証するものではありません。よって本著の記載内容に基づいて読者が行った行為、及び読者が被った損害について筆者は何ら責任を負うものではありません。不正確あるいは誤認と思われる箇所がありましたら、電子版については必要に応じて適宜改訂を行いますので筆者までお知らせいただけますと幸いです。
失敗しない同人ゲームサークルの戦略
まずはじめに、全体の戦略構想をお伝えします。同人ゲームといっても売ってお金にする以上は立派な事業です。われわれの事業戦略を定めましょう!
1.1 戦略とは
経済や経営、あるいは軍事などに関心の薄い方は聞き慣れない、あるいは別の意味で覚えてしまっているかもしれませんが、戦略とは「目標や目的を達成するためにリソースを効果的に運用する大規模かつ長期的な方法」を指します。
全体の「戦略」に基づいて各個の「戦術」を定めていくわけです。つまり戦略が間違っている場合、各個の戦術をどれだけうまく実行しても、大局的にはうまくいかない可能性が高いわけです。
戦略にはいついかなる場合にもベストなものはありません。孫子も言っています。「彼を知り己を知れば百戦殆からず」と。同人ゲーム事業における彼とはつまり同人ゲーム市場におけるライバルたちです。しかし私はあなたのことを良く知りません。あなたの長所や短所によって最適な戦略は変わってくるでしょう。ですが、彼の調べ方については書くことができます。
また、「これだけはまずい」というものはわりと明確だったりします。軍事でいえば生産能力に劣っている状態で我慢比べの長期戦をやるとか、経営で言えば資金力に劣っている状態で大手と価格競争をするとかです。
ここでお伝えするのはそういう悪手を避け、ベターを目指す万人向けの戦略だと思ってください。安心して下さい。そもそも同人ゲームはローンチできた時点で上位1割なのですから。
1.2 まずは短編を作る
同人ゲームを作りたい!と思っているあなたはどんなゲームを作りたいか大まかなイメージを持っているかもしれません。「練りに練った超大作で度肝を抜いてやるぜ!」とバチバチに気合が入っているかもしれません。それでは、一度深呼吸してから続きを読んでください。
典型的なアンチパターン(悪手の定番)です。
完成まで辿り着けない作品の多くがこのパターン、つまり「同人ゲーム制作が初めてなのに、作ろうとしているものが壮大すぎる」です。
これは例えるならレベル1の魔法使いが極大上級魔法を詠唱しているようなものです。レベル1の勇者がいきなり魔王に挑もうとしているようなものです。同人活動でゲームを作ろうというほどゲーム好きなあなたなら、これがいかに無謀なことかわかるでしょう。
実はゲームはあらゆるコンテンツの中でもトップクラスに工数が多いです。
- シナリオ
- マップやステージ
- キャラクターデザイン
- イラストやモデル
- BGMやSE
- HPや攻撃力といったパラメータ
- それらを動かすためのプログラム
大まかにざっと挙げただけでもこれだけの要素が絡み合って1つのゲームというコンテンツを形成しています。ゲームエンディング後のクレジットを見れば、いかに多くの人、役職が制作に関わっているか、お分かりいただけると思います。
もちろん既存のゲームエンジンや、有料無料問わず市販のアセットを使えば工数は大幅に削減できます。が、それでも多いのです。私も初めて同人ゲームを制作した際はその工数の多さに驚きました。想像しているより全然多いし、全然細かいのです。
それでも私たちの1作目がなんとかローンチに漕ぎつけることができたのは、なるべく工数の少なそうな、ともすれば少々物足りないようなゲームを作るということだけは徹底したことが大きな要因だと思っています。(それでも1か月でできるものを作ろうという目標を掲げて3か月かかりました。)
はじめから完璧なものを作ろうとしないでください。まずは簡単そうなゲームを最後まで作り上げて、実際に販売するところまで辿り着くことが目標です。そしてそれを達成するころには、あなたのゲームクリエイターとしてのレベルも20くらいまで上がっています。
1.3 制作を何度か繰り返す
1作目を作り終えると制作工程全体を俯瞰で見られるようになりますし、自信も付きます。今度こそは自分が思い描いていた壮大なゲームを…と思うかもしれませんが、もう一度深呼吸をして、今度は自分が作りたいゲームの要素を1つ、1作目に足してみて下さい。
例えば
- シナリオを納得いくまで煮詰めてみる
- マップやステージを豪華にしてみる
- キャラクターグラフィックを納得いくまで書き込んでみる
といった具合です。
重要なのはこだわる要素や新しい挑戦は1つに絞ることです。あれもこれもこだわっていてはやはり完成まで辿り着きませんし、自分が納得いくレベルまで磨き上げようとすると学習コストも練習コストも相当です。そしてそれを複数並行するのはなかなかの難易度です。
2つ3つとこだわり要素を入れていては完成前に燃え尽きてしまうことでしょう。実際、1作目を完成させるまでに何度かめげそうになった経験をしているはずです。焦らず、一歩一歩前に進んでいきましょう。
このように短編制作を繰り返すことにはもう1つ大きなメリットがあります。テンポよくPDCAサイクルを回せることです。
PDCAサイクルとは、Plan(計画)、Do(実行)、Check(測定・評価)、Action(対策・改善)の頭文字を取ったもので、つまり短編制作を繰り返せば「売れると思った作品が思ったより売れなかった」「あんまり期待はしていなかったけど思ったより売れた」といったフィードバックを得て、それを元に考え、調べなおし、次回作に活かす、といった試行錯誤を比較的短期間で繰り返すことができるわけです。
次の章では最初のPlan(計画)を立てるためのマーケティングについて解説していきます。どのようにして売れる作品の目星を付けるのか、良い売り場、効率的な売り方を探すのか、知識を身に付けましょう。
そして短編制作を繰り返し、自分が作りたいゲームの要素を1つずつ作れるようになり、相場観や売り出し方がわかってくれば、いずれ自分が作りたいゲームを実現したり、売れるゲームを作れるレベルになっているはずです。
マーケティング
この章では、市場を分析して売れそうなゲームの方向性を探す方法、つまりマーケティングについて学びます。ビジネスなので「これをやれば絶対爆売れする!」と言い切ることはできませんが、「売れそうな市場を見出すための手法」はある程度論理的に確立されています。
2.1 同人ゲーム制作におけるマーケティング
同人ゲームを作りたいという方の中には「俺は好きなものを作りたいんだ!売れるかどうかなんてどうでもいい!」という人もいるでしょう。むしろそういう人の方が多いかもしれません。気持ちはわかります。というかむしろそれが本来の同人活動なのだろうと、私は思います。なので本当に強く固い熱意を持った人はこの項は読み飛ばしてOKです。
そうはいっても制作費がペイする程度にはお金になってほしい、別に大儲けしたいわけじゃないけれど多少は足しにしたい、という方はぜひ読んでいってください。売れなくてもいい、という方も、同人活動を続けていく中でもし考えが変わったら、この本を思い出していただければ幸いです。
それに、「作りたいゲーム」と「売れそうなゲーム」の両極で考える必要もありません。作りたいと思っているゲームを売れそうな路線に寄せてみる、という選択肢だって十分にありえます。
2.2 基礎的なマーケティング理論
実は基礎的なマーケティング理論というのは経営学という学問が体系的に学ばれるようになって以来、そう大きく変化していません。もちろん基礎を踏まえたうえでの応用や、部分的に分岐して個別具体的な詳細が分かれたりはしているのですが、大元の根っこの部分は大きく変わっていないと私は考えています。
マーケティングというと次々と新しいワードや概念が飛び出してくるイメージを持つ方は多いでしょうが、基礎的な部分をしっかり学べていれば、新しいワードや概念が出てきてもすんなり理解できます。
というか、巷の雑誌で取り沙汰されるようなものや、中途半端なビジネス書に載っているようなものは、正直焼き直しや言葉遊びがほとんどです。これは構造的なもので、彼らは「マーケティング」を商品として売っている商売人であり、他の商売と同様、どんどん新しいワードや概念を作って売らないと商売にならないのです。
話が少々脱線しました。なので私としては同人ゲーム制作者や同人ゲームサークル主が学ぶべきマーケティング理論はごく基礎的なものだけで十分だと考えています。基礎的というのはSTP戦略とマーケティングミックス(4P,4C)あたりです。
実はこれらの理論については拙著『個人事業主の事業展開がだいたいわかる本』にて一度解説しています。今回はこれらの理論についての解説まではしなくていいかな、と思いますので、気になる方はこちらの書籍もチェックしてみてください。
本書でのマーケティングはこれらのマーケティング手法を、同人ゲームという個別の具体的な市場に適用しているだけです。
なお、冒頭でも触れましたが、マーケティングもやはりベストな解はなかなか出せるものではありません。あくまでヒット率を高めるためのものです。
2.3 販路
野球に例えるなら目を瞑ってバットを振るより、球筋を読んでしっかりボールを見てバットを振った方がヒット率が上がるのと似ています。
市場は常に変化しますし、マーケティングがうまくいってもそこにしっかりとハマるものを実際に制作できるかというのはまた別問題です。その時マーケティングがまずかったのか、それともマーケティングに沿った作品を作ることに失敗したのか、はたまた制作に時間をかけすぎてしまったせいで市場が変化してしまったのか、その答えを「完全に証明する」のはおそらく不可能でしょう。
しかし目を瞑ってバットを振るよりは遥かにマシなはずです。それでは同人ゲーム市場のマーケティングについて、具体的な手法を見ていきましょう。
2.4 プロダクト
分析する市場が決まったので実際にマーケティング調査をしてみましょう。DLsiteで実際にどんな作品が売れているのか「定量分析」と「定性分析」2つの手法を用いて調査します。